2021-02-08

今のところ、自分のことを「文筆家」だと思ったことは一瞬もないままだが、そういうのは他人が決めることであって、自分で選べるものではないんやろうなあということは、なんとなくわかってきた。「なる」とか「ならない」とか、そういう話ではないのだろう。などと考えていると、また過去の自分がやってきて、肩を叩いて去っていく。“わたしは、誰のものにもならないし、なれないし、さらに言うと、わたしはわたしのものにさえならない、なれないということ。これを「謙虚の誕生」といいます。”(2018年12月11日の日記)だそうです。なんや、偉そうなことばっかり言って。

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