2021-04-27

仕事。朝、マヨネーズトースト、昼、たけのこごはん、だし巻き卵2切れ、かす汁(わたつね)。朝、布団の中から感じる部屋の空気が冷たくて、布団を剥ぎながら「寒いのはかなん」と泣きそうになった。喉が少し痛い気がする。風邪?かと思えばお昼を食べにわたつねに向かう道中は、日差しがきつくて汗ばむほど。湿度が極端に低いのだと思う。ビラビラビラと貼られたわたつねの張り紙に鱧天のメニューがあるのを発見したが、朝の冷え込みを思い出すととてもそんな気分になれず、単品で食べたいものを注文して食べた。たけのこごはんに占めるたけのこのパーセンテージが異常。やわらかくてとてもおいしかった。1110円。三条通のとくらの行列がなくなっているのを見て、事態のシリアス度合いを実感する。新風館は緊急事態宣言に伴い休館。ただし立ち入ることは出来たので、ベンチに座ってしばらく風がそよそよいうのを聞いていた。街がかなり静かになってきた。姉小路通の善田のお花はあやめ。花菖蒲かかきつばたかもしれないが、何度調べてもあやめ・花菖蒲・かきつばたの見分け方が覚えられない。オリンピック関連のニュースは、「馬鹿も休み休み言え」という言葉がお似合いのものばかり。海外から入国予定の五輪関係者は6万人にも登るそうだ。それに伴い、期間中に看護師500人の確保を日本看護協会へ要請との報。ちなみに医師は300人の確保が要請されている。昨夜の“新型コロナ 国内の死者1万人超える”というニュースに少なからず衝撃を受けたが、そのうち約80%は去年12月以降の死亡者という詳細を読んでさらに肝が冷えた。その他のニュース、“インドで見つかった変異ウイルス 都内で1件確認”。空港検疫もザルな癖に今さら何悠長なことを言って驚いたフリをしているのだろうかと呆れるが、休み休み馬鹿を言っていたのではオリンピックに間に合わないか。間に合わせるつもりなのだろうか。本当に?はてな匿名ダイアリーの「緊急事態宣言に「慣れた」んじゃなくて呆れ果てただけだよ(追記あり)」を読んだ。“東京だけでも成人は1000万人以上居るんだ。グローバル超大企業の従業員数ですら多くて20万人程度だ。その50倍近い人数がほぼランダムに勝手に集まってきて生活してる。この全員が「いい大人」なわけがない。そういう前提で動くのが当然だろう。「お前はいい大人」「お前は悪い大人だからいい大人になれ」とか説教して回るつもりか?”これだけの筆致の人は、いったいどのような職業に就いているのだろう。さぞかし「いい大人」なのだろうなあ。二種変異株のことなど、考えれば考えるほど不安でたまらなくなってくるが、今朝ベランダのあじさいに蕾がついていたのを思い出してなんとかそれを振り払う。冬の間何度も水切れさせてしまい、今年はもうダメだと決め込んでいたのでとてもうれしかった。仕事終わり、ヨドバシカメラに寄って撮影用背景紙を買って帰る。いつもは文化博物館の中の楽紙館で買うのに、緊急事態宣言とともに突然の休業に入ってしまってかなり焦った。楽紙館なら200円やそこらで買えるところ、ヨドバシの撮影機材売り場で640円。これしきの差額が惜しいわけではないが、明らかに雰囲気で行われた政治判断により生活に支障をきたした事実は些細なものでも腹立たしい。地下のスーパーで天然の大きな真鯛が480円だったので買って帰った。真鯛連子鯛問わず今日は鯛が豊漁だったっぽい。ポルタはJINSとグランディール(パン屋)以外閉まっていた。駅からの帰路を照らす朧月を見上げて満月を確認。明日あさっては雨の予報になっている。今日の気温は最低が6.6度、最高は22.9度だったとのこと。明日はもう少し気温差はマシだろう。夕飯は、鶏の唐揚げ、ほうれん草の白和え、トマト、いちご。生まれて初めてモモ肉ではなくムネ肉で唐揚げを作った。さながらラーメン屋さんの唐揚げのよう。「パサパサしておいしい」と好評。こちらは「ジューシィ」を目指して努力しているのだが、目標設定の変更が必要か。酒、一番搾り中瓶1/2本、金麦1缶。21時から『大豆田とわ子と三人の元夫』。エンディングの客演に「NENEじゃん!まじか!」と大きな声が出た。NENE、テレビに出してもいい人なんだなあ。女性の客演があるならAwichかしらと思っていたのでかなり驚いた。このドラマ、元ネタというか着想源はやはり『三人の妻への手紙』だろうか。あらためて、ソフィスティケイテッド・コメディの系譜で付与される美徳は「資本主義の夢」だなあと思う。ビール大手3社がこぞって協賛に付いていたのも偶然ではないだろう(キリンのCMに入る直前のシーンに出てくる缶ビールがサントリーのプレミアムモルツだった)。とかく洗練とかお洒落とかいうのはお金がかかる。そしてそんな洗練とかお洒落を夢見て/見させられてわたしは大人になったのだ。しかし(バリエーション、広がりはあれど)ルビッチの頃からもう100年近くの長きにわたってこの様式美が存在していることに驚く。都会喜劇風の女という存在も、もはや立派なクラシックということか。

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