2022-08-23

「毛」

初めての本を出した、となったときにまず困ったのが「サイン」だった。

まさか自分に限ってそんなことになるはずがない。根拠なくそう高を括っていたところがあり、サインの用意などは全くしていなかった。しかし刊行を知らせる段になって急に、発行人兼編集人が「事前予約分にはサインを入れましょう」と言い出した。

取り急ぎ、サインの練習の必要が出てきた。

サインの練習というのは本当に嫌なものだ。子どもの一人遊びのうちならまだ可愛げもあるが、これが現実の仕事になってみるとまるで踏み絵でも踏まされるような心地がする。

照れというのももちろんあるし、自分の名前を看板として掲げていくことへの不安もある。ひょっとしてひょっとするのではないかという、新人ゆえのうぬぼれもないとは言えない。

普段素知らぬ顔でこっそりしまい込んでいる、自分の胸の内の柔らかい部分やいやらしい部分を突き出して見せられ、小突かれ、白黒付けさせられる思いがしてたまらなくなる。逃げようにも、他でもない自分のことなので逃げられない。

もうこれ以上、腹の底に隠し持っている弱みまで表に出てこないよう、口を真一文字に結び、薄目にしておそるおそる自分の名前を紙に書いてみた。梶谷いこ。だめだ。これではただの署名だ。横書きで書いていたのを縦にしてみた。これもいけない。国語のテストの氏名欄を思い出した。

ああでもないこうでもないと書き散らすうち、紙の上に「梶谷いこ」の大群が現れた。

無数の「梶谷いこ」の群れをまじまじ眺めてみると、なんだかやたらともじゃもじゃして見える。もじゃもじゃの大もとを探ってみるうちに、梶の字に小さな「毛」を見つけた。

にわかに、この「毛」が気になってきた。

一度気になりだすと、もうだめだった。小さいはずの「毛」がでしゃばらないよう、意識して書けば書くほど「毛」はどんどん派手に、勢いよくなっていく。それはもう剛毛といった感じだった。貰ってうれしい素敵なサインにしたいのに、剛毛がもじゃもじゃするばかりでどうしてもそうならない。終いには、これさえなければ、とひたすら「毛」のことが恨めしくなった。

今でも、サインをするときに一番気を使うのは「毛」の部分だ。もじゃもじゃの剛毛にならないよう、せめて毛糸の糸くず程度で済むよう、いつも腐心して書いている。サインの出来は、「毛」の始末の具合次第と言ってもいいくらいだ。

これさえなければ、という「毛」もあれば、生えてきてもらわなければ困る毛というのもある。

4つ下の妹の話だ。今から5年ほど前、妹は髪の毛をかなり明るく染めていた。

髪の毛の色ばかり明るくても、眉毛が黒々としていたのではどうしても釣り合いがとれない。そこで彼女は、週に一度ほど自分で眉毛を脱色していた。

眉を脱色すると、しっかりした毛は軽く、うぶ毛は完全に色が抜けるので、顔がパッと明るくなる。眉の毛流れも整い、垢抜けて見える。しかし残念ながら「眉毛専用」というブリーチ剤は市販されておらず、ムダ毛用として売られているクリームで代用していた。

思えばこれが悲劇のはじまりだった。

仕事終わりにドラッグストアへ寄り、買い物を済ませた妹は、ひとり暮らしの家に帰ってさっそく眉毛の脱色に取りかかった。

まず1剤と2剤を同量ずつ混ぜ合わせ、眉毛に沿ってたっぷりのせる。念のため、その上からラップで押さえておくと脱色剤が垂れてこないから安心だ。週に一度のことで慣れているので、時間はなんとなくでも問題ない。あとは頃合いを見て、眉にのせたクリームを拭うだけ。

だがこのとき、何かがいつもと違っていた。

クリームを拭ったあとの鏡に映った人影が、なんとなく怖い顔をしているように見えた。何事かと目を凝らしてみる。すると、自分の眉毛がそっくり消えてなくなっているではないか。

慌ててパッケージを確かめてみたが、箱には見慣れたバレリーナの絵が描かれてあった。おかしいな、いつもの物を買ったはずなのに。しかし次の瞬間、箱の色がいつもと違うことに気づいた。

妹が買ったのは、脱色剤ではなく除毛剤だった。

箱にバレリーナの絵が描いてあるムダ毛用「脱色」クリームには、ほかに色違いで「除毛」クリームが存在した。妹はそうとは知らず、除毛クリームの方を買ってそのまま使ってしまったのだ。

妹の眉は綺麗さっぱり「除毛」されてしまった。

「そこからが大変だったんだから」。そう言って、続きを話してくれようとする妹の眉に目をやってぎょっとした。眉部分がびっしり、おびただしい数の線で埋め尽くされていることに気づいたからだ。それまで眉毛だと思っていたものは、なんと一本一本丹念に描き込まれた線の集まりだった。

そこからが大変、というのはこういうことであった。

眉毛を失ったからと言って生えてくるまで引きこもるわけにいかない。仕事もあるし、人と会う約束もある。なんとかして自然な眉毛を再現しなければならない。

そこでひとまず、手持ちの眉鉛筆で描いてみた。しかしこれではどうしてもペッタリ貼り付けたようなおかしな眉になってしまう。おまけに少し擦るだけで消えてなくなってしまった。そんな訳でこれは却下せざるを得なかった。

知恵を絞り、今度は筆ペンタイプのアイライナーで一本一本毛を描いてみることにした。とはいえ眉頭から眉尻までつるつるで、どこにどう描いたらいいのかわからない。無理やり見当を付けて描いてみたものの、高さも長さも左右バラバラでとても人に見せられたものではなかった。それでももう覚悟を決めてやり込むよりほかない。描いては消し描いては消しを繰り返し、夜を徹してこの技をマスターした。

これを妹は、至って真剣な顔で私に話してくれるのだが、こちらはどうしても笑いを我慢することができない。眉部分にびっしり描き込まれた毛の模様が、皮膚の動きに沿って伸びたり縮んだりするのを見ては吹き出し、その度に妹をがっかりさせた。

こんなことがあったので、未だに姉妹揃って「眉毛」と聞けば妹は頭を抱え、それを見て私はお腹を抱えるほど笑ってしまう。

私のインスタグラムの「おすすめ」は最近、眉のメイク法指南の投稿ばかりになってしまった。私が眉の描き方に迷っているのが、完全にアルゴリズムにバレているのだと思う。

それをおすすめされるままにひとつひとつ見ていくと、眉メイクにも本当にいろいろな方法があるというのがわかる。なかには眉毛が消失したときの妹のように、筆ペンタイプのアイライナーで足りない毛を一本一本描き足すことを奨めるものもあった。

真四角に切り取られた画面の向こう側にも、たくさんの試行錯誤がある。そう思うと、眉毛の主一人一人に「ご苦労さまです」と言って回りたくなってくる。

どんな人にもそれぞれ千差万別の諸事情が必ずあって、みんなが右往左往して人様に見せられる自分を作り上げている。液晶越しに、見知らぬ人の眉毛の一本一本を見つめながらそんな当たり前のことを思う。

「お題:化粧と装い」ありがとうございました。
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